連休中に実家に帰省しました。最近、荷物を整理しながら、

その大半を実家に持って帰ることを繰り返していますが、そ
の第2弾ということで。第1弾では時間が合わなかったので
すが、今回は久しぶりに家族での週末でした。

正式では無いですが、異動の話も決まりつつあり、そのこと
もあって、話は将来の話などなど。夜も遅い時間、母につま
みをせがんで、こちらは山崎12年を開封して「とくとく」
を感じながら飲みました。

実は、親父に自分の話や相談をするのが嫌いでした。大体、
そういう話を持って行くと、親父は決まって「好きにしなさ
い」との言葉。自由にさせてくれているとも思いましたが、
自分の性格を思うと、あぁこの人はあんまり俺のこと考えて
くれてないなと思っていました。

ところが、親父も実はそうやって言い聞かされてきたそうで
す。祖父も、親父に向かって、やはり同じように「わが人生
やっで、わがでゆぅとかんげんこて」(自分の人生だから、
自分でよく考えなさいよ)と。祖父は林業界でそれなりの地
位がある人で、昔気質の人だったようです。昔気質というと、
退職金を部下の給料に割り当て、自分が死んだときには全く
お金も残らなかったというエピソードがあるそうです。残さ
れた方はたまったもんじゃないですが(確かに)、お前たち
もそれぞれ自分でしっかりやれと最後に言われたんだという
封に親父は捉えていました。そういう祖父が教えたこと、今
になって思うとやっぱりそれが間違っていないんだなと親父
は理解し、それを自分も後ろに伝えているようです。結局、
このようにしなさいという親の意見を守らせたところで、親
が思うような結果にはならないだろうから、やはりそこは自
分で考えた通りにさせた方が良い。ただしもしそれで失敗し
たとしても、その時は必ず守る、と。

その話、ほぼ飲み過ぎの状態で聞き、親父の力強さや、今ま
での自分の理解の甘さを感じました。ある疑念に対する答え
が時間で醸造され、その時々の答えを導いてくれる。ウィス
キーの味が時間でカテゴライズされるように。

25歳。今の自分は何か変わろうとしている周りについて行
くのがやっとで、立ち止まって考えることが出来ていないの
ですが、それでも考えの軸がぶれないようにしたいものです。
齢50を越えた両親、帰る度に、老眼鏡を掛けていたり、足
が痛いと言っていたり、腰が痛いと言っていたり、自転車で
こけたと言ったり、何かと心配な人生の曲がり角。そんな時
分に離れてしまうのは申し訳ないけど、それでも何か出来る
ことをいつも思いながら生きようと、自分を省みた週末でし
た。